お題:『汗』『悪戯』
甘美な氷菓
夏日。
言葉だけなら青い空に入道雲が浮かぶ素敵な景色が思い浮かぶが、要はめちゃくちゃ暑いというだけのこと。
「(あーうざ。これが六月の気温かよ)」
三十度にタッチするかしないかを繰り返すこの数日に、添は通年より早く部屋のクーラーを付け始めた。
ただ一人の部屋ではないため、シゴト帰りにクーラーを付けて寝ても朝になると無情に消されていることもままあることで。
「あっつ」
部屋にはひとり。社長は次イベントのための話し合いに、犬は撮影。どちらも戻ってくるのは早くはないだろう。
エアコンのリモコンを手に取り、設定温度を一気に下げてON。
「あー、クーラー最高」
これでアイスもあればいうことはない。部屋を冷やしながら添は足取り軽く台所へ向かう。
冷凍庫を開ければ誰かのアイスが数本。相変わらず名前の書いていない誰かのものをしれっと取り部屋へ向かう。
「(人のアイスってなんでこんなうまいんだろーなー)」
添はアイスに舌鼓を打ち、クーラーの風に当たって気分よく休日を満喫した。
◇
またある日のこと。
もはや熱帯夜と言っても過言ではない暑さにうんざりしながら、添はシゴトから戻った。
「なんで長袖長ズボン手袋付きでシゴトしなきゃいけないんだよ……」
『汚れる』可能性のあるシゴトならさておき、今日は不法侵入してUSBをパクってくるだけの簡単なオシゴトだったのだから半袖でも全く問題ない。そのはずが、警備の始末を担当したヤツが報告をサボったせいで何があるか分からない、という事になりこの体たらくだ。今時道路工事に従事している人間でもここまで入念な格好はしないだろう。
「あっつ……」
添はフラフラと冷凍庫の扉を開け頭を突っ込む。台所をよく使う潮に見られたら罵詈雑言をぶつけられそうだがそんなことどうでもいい。今、この不快な蒸し暑さから少しでもラクになりたかった。
「ふー……」
全身から吹き出していた汗が落ち着き、少し頭が回るようになってきた。添はずぼ、と冷凍庫から頭を抜いて改めて中身を見渡す。
皆考える事は同じらしく、先日のアイスの数は少なかったが。
「……はは、ラッキー」
名前の書いていないアイスが冷凍庫の真中にポンと置いてあった。
「(いい加減学んで欲しいよねー)」
名はなくとも同じ寮に住んでいるもののアイスを取っていることを棚に上げて添はそれを手に取る。今日の名無しのアイスは『ガシャンとミカン』。暑苦しい夜に柑橘類の清涼感も感じられるものだった。
「あーーー」
額にアイスを当ててしばし休憩。程よく硬さが緩んだところで袋を開けてガリガリとアイスバーを胃に収めていく。
「ふぅ、ごちそーさま」
幾ばくか機嫌の戻った添はそのまま浴場へ向かって汗を流し、部屋の寝床に潜り込んだ。
◇
「う……」
昼。太陽が天に上り光と熱をバチボコに浴びせかける時間。
目が覚めて真っ先に添が行ったことはクーラーの設定温度を20度に下げることだった。
「(確かに環境には優しいかもしんないけどオレには全く優しくないんだよねー)」
のそりと起き上がってクーラーの風下に転がり込む。ともすれば凍えるような風が、今は心地よい。冷房病など知ったことか。
「あ、おはよう添……うお寒!添こんなに冷やしたらカゼ引いちまうぞ!」
冷房の設定温度を上げようとしたのか、練牙は机のリモコンに手を伸ばす。
「えー、オレは暑くて死んじゃいそうなのにー」
「う……」
練牙が迷った隙に添はリモコンを手元に収めニコ、と微笑みかける。
「涼んだらすぐ元の温度に戻しますから。ね?」
「うう……い、今だけだぞ!ホントに今だけだからな!」
「はーい。あれ、練牙さんどこ行くんです?」
そのまま部屋を出ていこうとした練牙に声をかける。何か用事があって戻ってきたのではないのだろうか。添は首を傾げる。
「ちょ……ちょっと、用事!用事だ!!」
何か隠してるなー、と思ったものの、この涼しさをひとり占めして享受できるなら別にいいかと考え直し、そのまま見送る。
「行ってらっしゃーい」
「お、おう!いってきます!」
ギクシャクして目を泳がせながら出ていく練牙に、添はあとで言及していじめて遊ぼうとニコニコしながら手をひらりと振った。
◇
「た、だい、ま!」
「おかえりなさーい。お、アイスだ」
練牙が手に持っていたのはチョコのかかった少しお高めのアイスバーだった。
「練牙さーん、オレのは?」
「へえっ?!え、あ、ご、ごめんオレ気づかなくてその」
「あはは。冗談です、別にいいですよ。頼んでなかったし」
「うぅ……ごめんな添」
いつも通り眉を下げて怒られたような顔で見上げてくる犬に肩を竦める。まあそんなことだろうと思っていたし。
「あ!!」
「ん?」
「添!添冷凍庫とか、見に行かないのか?ほらオレ以外にもアイス、いっぱい買ってた奴いたし!」
添は訝しんだ。なら練牙は買いに行く必要なんかない。よほどそのアイスバーが食べたかったのか?
「お、そうなんですね〜。じゃあちょっと見に行こうかな」
「ああ!絶対その方がいい!うん!今すぐ!見に行った方が、いい!」
犬は隠し事が本当に下手だ。笑いを堪えながら添は台所に向かった。
◇
「添、おはよう。何か食べるなら今から作ろうか」
「はよざっす。なんかアイスあるって聞いたんで、その後お願いします」
「わかった。食べすぎてお腹を壊さないようにな」
スケーターの変わらぬ世話焼きを躱し、添は冷凍庫の扉を開けると果たして大量のアイスが詰まっていた。軽く見回すと、
「……あっは」
所有権を主張されているアイスの中に、やはりというかなんというか名無しのアイスが入っていた。
「ん、まただな」
「また?」
雪風は困ったような笑みで冷凍庫を覗き込む。
「練牙が最近アイスを何本か買ってきているんだが、どうも名前を書き忘れて入れているようでな。さっきもそのまま入れていこうとしたから声をかけたんだが、『いいんだ!これで、大丈夫なんだ!』と」
「……」
ふと、先ほどの異様に慌てた様子の犬を思い起こす。
名前を書き忘れてアイスを食べられたことのある犬が、幾らなんでもそんな間違いを何度も繰り返すだろうか。
「(まさか)」
自分が食べた、なんて話は一度もした事はない。余計な波風なんて立てない方がいいわけであるし。
しかしこの数日、名前のないアイスは添の腹の中に収まっている。その時、添と練牙は顔を合わせていない。それらの事実は『あること』を浮かび上がらせてきて。
「っは、はは……」
『重い』ことはやめろと言ったのは自分だが、だからといってまさかわざと名前を書かずに置いておいて、自分が食べるように仕向けるなんて。全く、別の誰かが食べたらどうするんだろうか。
「あー……やられた」
添は冷凍庫を閉じ食卓へ向かう。
「ん?どうした添。アイスはいいのか」
「はい。……やっぱ先に、朝飯食べようと思って」
「分かった。今から用意するから少し待っていてくれ」
台所に向かう雪風を見送り、添はこみ上げてくる笑いを抑える。
「ふ……っくく、く」
この自分が、こんな幼稚な手に引っかかるなんて。しかも相手はあの犬だ。
「あーあ。……いたずらっ子な犬だね、全く」
朝食はわざとゆっくり食べることにする。そして部屋でソワソワしている犬にそのアイスを見せつけて意趣返しだ。どんな顔をするだろうか。
添はこの後のことを考えながらひとり食卓で気分よく朝食を待った。
+12min

