お題:『フルーツ』
BitterSweet,sweet’n’sour
「わ……うわー……」
撮影から帰ってきた練牙は、潮の作ったオレンジゼリーに目を輝かせていた。大ぶりのガラスボールに作られたゼリーは丁寧に切り分けられ、剥かれたオレンジがミントと共に添えられている。
「そろそろ暑くなってきたんで。ビタミンCも取れるし丁度いいでしょ」
「うん……うわおいしそう……! ありがとうな潮!」
別に西園さんのために作ったワケじゃないし、と目を逸らして呟くも、練牙はそれが潮の不器用なやさしさだと理解している。
弾力があるそれはスプーンですくうとぷるん、と揺れ、口に含めば柑橘の爽やかさとほんの僅かな苦みがいっぱいにひろがる。
「んー! おいひい……!」
「冷蔵庫にボウル入れてあるんで、もっと食べたかったらどーぞ。早いもん勝ちです」
「ん!」
ゼリーに舌鼓を打ちながら、ふと自室の友だちのことを思い出した。確か今日は遅くまでバイトだと言っていたはず。
「(早い者勝ち、ってことは、夜まで残ってるかわかんないよな……)」
ぷるぷると揺れるゼリーを行儀悪いだろうなと思いながらもスプーンでつつく。添にもこの美味しいゼリーを食べて欲しい。でもそれって重くないかな、添は食べたいかわかんないよな、と数秒迷って。
「っ潮!」
練牙は部屋に戻ろうとしていた潮に声をかけた。
◇
「あっづ……」
気温自体は丁度いいが、湿度により体感気温が上がるこの季節。今日は夜の暗さに溶け込んだ方が都合いいシゴトだったので長袖長ズボン、指紋隠しの黒手袋まで付けたのだが完全に失敗だった。もう半袖に切り替えよう、冷感ラッシュガード確か去年伸びきって冷感なくなっちゃったし買い直そ、明後日適当に大学サボって買いに行こうかなと今後の予定を立てながらダイニングへ。遅くなると連絡をしたので恐らくお節介な兄(兄じゃない)が夜食を置いてるはず。
長袖を脱ぎ捨て机の下に蹴りこんで冷蔵庫へ向かいオープン。
『てんのぶん!』
「……はあ」
馬鹿犬のメッセージが目に飛び込み、思わず嘆息。どうやらデザートを取っておいてくれたようだが、当然添はそんなことを頼んだ覚えはない。
何勝手にやってんだろ、あの馬鹿犬。そういうのが『重い』つってんの。手綱少し緩んでんのかな。次会ったらちゃんと躾けないと。心中で練牙への文句をつらつら作りながら、自分用の夜食を軽くレンジで温める。ゼリーは取らなかった。いらないし、別に。
今日の夜食はおにぎりふたつにたくあん、小松菜のおひたし。こちらもまた兄のお節介メッセージ付き。全然兄じゃないけれど、世話の焼き方は似たようなもんだ。兄なんかじゃないけど。
ほぼほぼ飲み込むように夜食を口に放り込み、皿を洗って片付ける。冷蔵庫が目に入った。
「……」
『本心』から、『本当に』いらないと思っているものの、これは恐らく潮が作ったスイーツ。朝まで残っていたら、次に彼と出くわした時きっと大層刺々しい一言をくれるだろう。他人から何を言われても添に大したダメージはないが、これからのここでの人間関係が無駄に拗れることになるし、それを挽回するのも面倒だ。
「……はぁ」
それなら犬の好感度を上げておいた方がまだマシだ、と判断出来る。どうせ尻尾振ってはしゃいで飛びついて来るだろうけど、最近待てくらいはできるようになってきたし。
棚からデザートスプーンを取り、冷蔵庫を開ける。すぐに捨てようと手に取ったメッセージカードに目を落とすと、取り置きの文の下になんだか小さい文字が書いてある。
『いらなかったら、ごめん』
その申し訳なさげなちいさな一言が、なんだか妙に突き刺さった。
「は? 何勝手に決めつけてんの」
先ほどまでの思考からは明らかに真逆の、理不尽な苛立ちが添の心に浮上する。こんな言葉ひとつに心揺らす必要なんて、ないのに。
どうせ最後まで迷ったんだろうね。迷うくらいならそもそもこんな事しなきゃいいのにね、ホント馬鹿な犬。
苛立ちはそのまま、眉を下げて書いただろう余計なお世話とも取れるメッセージを心の中でせせら笑ってポケットにしまい、そのままゼリーを机に持っていく。
ラップを剥がせばぷるん、と鮮やかな橙が揺れて目に明るい。添えられた柑橘類やミントも綺麗だ。
添はそれへ無造作にスプーンを突き立てて口に運ぶ。まあ、ゼリーに罪はないし。そう言い訳しながら。
「……はは。うっま」
その甘酸っぱさと奥に香るほどよい苦みに不覚にも緩んだ口元を無視して、結局ゼリーは食べきった。

