A Midsummer Daylight’s Dream
暑い、と口に出すと余計に暑くなるから言わない方がいいと言うが、口を噤んだところで今日のHAMAが三十五度超えであることは変わらない。添は冷感素材のタオルを引っ張り出し、首にはネッククーラーをひっかけ、誰もいないのをいいことに部屋のエアコンの設定温度を二十度にして部屋をキンキンに冷やし、冷蔵庫に貯蔵していたアイスを口に加えてだらりと寝そべっていた。
こんな日にシゴトあるやつカワイソー。でも真面目な外回りだったり学校だったりライブで頑張ってるイイヤツは後日何らかの徳が与えられるべきだよね。添はそんな殊勝なことを頭に浮かべながらフルーツ味のアイスバーを口に咥え、スマホで適当な動画を流す。
「(あ〜、文明最高〜〜〜)」
このまま身体を十分冷やしてから寮に戻ろう。添は気分よく瞼を下ろした。
◇
『添、戻ってたのか』
おー、夢じゃん。添は即座に判断した。
『帰ってくるなら教えてくれよ。まだご飯できてないぞ』
少なくとも自分の知っている犬はもっと髪が長いし、右耳にピアスなんてしてないし、自分にご飯を作って待っていたりしない。
『暑いからエアコンの温度下げたい?結構涼しくしてるんだけどな……。うーん、これ以上冷やしたらお腹冷えちまわないか?』
どうやら夢の中で、添は練牙と住まいを共にしているらしい。自分にそんな願望があるとはまるで思えないが、まあ恐らく深層心理とやらが適当なものを写し取っているだけだろう。こちらからアクションを起こせないタイプの夢だったので、添は目覚めるのを待ちながら目の前の出来事をただただ傍観した。寝る前に見ていた動画のように。
『あ、そうだ。添またオレのアイス食べただろ!……いやふたりしかいないんだからオレが食べてなかったら添しかいないだろ!……え?ホントに食べてない?……え?や、だってオレ今日冷凍庫開けて、ホントになくて』
夢の中の自分は今の自分とさほど変わらないらしく、オロオロして眉を下げている彼を楽しんでいる。
『うぅ……添がそこまで言うなら、オレが食べちゃったのかも……暑かったし……ごめんな、疑……はぇ?むぇ!なんりぇ、むぇー!!』
さすが自分、感性が同じ。このまま意識を手放せばいつも通り夢から覚めることができるだろう。添は満足して視界をぼやかせようとした。
「(……ん?)」
ぼやけない。再び意識を遠ざけようとしても、犬と自分の同棲生活が繰り広げられている。
「(えー、嘘でしょ)」
『てん、ご飯できてるから……!なあ、先にご飯っ……』
今日の夢はなかなかしぶといな。添は目の前の有り得ない景色に辟易しながら胸元に手を伸ばす、が、夢だからだろうか、タバコは見当たらない。自分が関われないのをいいことに思いっきり舌打ち。自分の夢だというのに変なところで生真面目だ。
「(何、オレそんな溜まってたってこと?だからこんな夢見てんの?見境無さすぎ……)」
『だ、だめだ添、ここじゃ声』
「(何やってんだオレ。せめて部屋に連れ込むまで我慢効かなかったの?)」
自分がノンレム睡眠で生み出しただけの意味不明瞭な電気信号に思わず文句がこぼれる。ここ最近みた夢の中ではトップクラスに覚めてほしいし、目覚めた暁には忘れたい。
『だ、だめ……ッ、なあ、てん……』
「(ていうかなんで犬は新妻NTRものみたいな反応なの?こいつら付き合ってんだよね?)」
もはや抜けないAVをみている気分で添は目の前の光景にケチをつけ始める。ノンレム睡眠にフィードバックが効くなら二度とこんなものを見せるなと叱責してやりたいところだ。
『ちが、オレそんなつもりじゃ……!』
「(何?まさか誘うような顔してとかほざいてんのオレは)」
あまりの虚無加減に思わず視点を変えて二人を覗き込む。こういう自由が効くならタバコの持ち込みくらい許可してくれよと口端が下を向いていくが、どうにもならないものはならないんだろう。火事の元とかね。
そうして添が見た、押し倒されている彼の表情は。
「(……はは)」
感想を思い浮かべようとしたところで、意識が浮上する感覚。
どうやらようやく目が覚めるらしい。
◇
「……あーーーーーー」
夢から逃げるように目を覚ますと、窓から突き刺すように差し込んでいた日差しはようやく傾き、役目を終えたネッククーラーは柔らかく、エアコンも設定温度へ近づいたのか風を緩ませている。
「クソ、覚えてるし」
たかが脳の電気信号の分際で動揺を与えようなんて生意気な。ただの八つ当たりにしかならないが、こめかみをぐりぐりと押す。
「……戻りたくねー」
しかし今日、添は雪風に『夜バイトなんで仮眠して帰ったら食べます』と珍しく前向きなことを言って出てきていた。単に栄養に気を遣われていてうまい手料理を食べたいなーという気分の揺れでしかなかったのだが、それがこうも噛み合わせが悪くなるとは。
『てん』
添は洗面所に立ち、冷水のシャワーを頭から思い切りぶっかける。
「(犬のくせに)」
添は瞼の裏に残る確かな誘惑の色や、それに惑わされた己の体へ今日何度目になるかわからない舌打ちを水音でかき消した。

