練牙さんが無地の白に黒明朝体の『大切なお知らせ』をリリースしファンを卒倒させてから数週間が経った。
「そういえば練牙さん、お相手の方とは暮らさない感じなんです?」
ファンが卒倒する内容…つまり電撃結婚発表をしたところのセレブタレント様は今日も変わらずしゅうまいと戯れている。結婚後の暮らし方は様々だが、犬はそういう所では割と王道を選ぶと思っていたので少々意外だった。
「うん、そうなんだ。いや、二人で住めるマンションの部屋はあるんだけど、お互いのライフステージ?を尊重?するみたいな…」
ライフスタイルね。ふーん。
「いいんです?せっかく結婚したのに」
「……ん」
もの言いたげにふわふわのしゅうまいに口もとを埋める。
「式とかパーティとかもしてないですよね。本当に事実婚って感じ?」
「じじつ……」
「お役所に婚姻届だけ出すこと。」
「た、多分それだ!」
この人騙されてんじゃないかな、と嫌な予感が頭を過ぎる。
いくら社会通念や一般常識にすこし疎いとはいえ、結婚やその後の生活についてこんなにもハテナを浮かべっぱなしなことがあるだろうか。否が応でも本人たちが対応しないといけないものごとがかなりあるし。
なんだか『西園練牙』というステータスが欲しいだけのヤツに主導権を取られて転がされていやしないかと勘ぐってしまう。芸能界にはそんなヤツらは幾らでもいるだろうし、実際いる。
「練牙さんって、結婚したくてしたんですよね?」
「そ、そうだ。」
「練牙さんがしたくて、自分で選んで結婚したんですよね?なら、結婚してなにかしたかったり、欲しいものがあったんじゃないですか?」
「ほしいもの」
そうだなあ、としゅうまいをもふもふしながら天井を見上げる。
「うーん、なんだろう。あんま考えてなかったけど…けっこんせいかつ?ってやつに憧れてるかも……」
「結婚生活?たとえば?」
「なんか……ほら、CMとかであるだろ。ごはん作って一緒にたべたり、ただいま、おかえりって言って。遊びに行って、あったかい家でいっしょに暮して、みたいな。ありきたりだけど。」
でもむずかしいかな、今の仕事じゃとさびしそうにしゅうまいをもふもふし続ける練牙さんに、返せる言葉が見つからなかった。
それは、オレだって得られるものなら得たいと、子どもの頃に一度は夢見た事のあるもの。夢は夢でしかなかったわけだけど。
だから彼がそれらを手にしようと欲して動いたんなら、オレから言うことはあんまりない。むしろ喜ばしいことなのだが。
「(……一応調べとくか)」
もし、この人の純粋無垢な欲(ねがい)を良いように利用されて、こんなさびしそうな顔をしているなら話は別だ。
この人が『ふつうの』『ありふれた』キラキラした幸せの中に行くのなら、オレみたいな裏社会の人間に出る幕なんてあるわけない。
だから結婚おめでとーっていつもみたいに軽く言って、今までどおりタダの友だちとして付き合っていこうと思ってたけれど。
「(そいつがこの人の欲を叶えられないなら、しかも利用してるんなら余計、渡してやる義理なんてない…)」
「添、どうしたんだ?急に黙って」
「ああ、練牙さんのタキシード姿想像してました。」
「え……?」
「和服も似合いそうだなーって」
「お、おう……」
きっとこの人ならなんでも着こなせると思うけど、その幸せの瞬間には絶対に笑顔でいてもらわないと。
たとえ、その笑顔が一番に向けられるのがオレでなくてもね。
◇
「……はは」
調べ始めて一日も経たずにキナ臭い情報がじゃんじゃん集まってきた。やれ懇意にしていた女が複数人いただの、最近投機に手を出して見事爆散しただの、懲りずに土地売買に手を出してるだの。
「こんな見え見えの地雷案件、気づかなかったあの人も悪くない?」
気づいていたとしたら、そのくらい大丈夫と思ったのだろうか。その位で収めるにしても範囲がデカすぎるし、しかも彼の場合はそれを本当にどうにかしようとするのだから周りはもっとよく見ていてほしい。
というかこのクズエピ、別に隠れてもいなかった。
「……マネージャーはなんで止めなかった?」
彼を売り込むことに関しては一級の練牙のマネージャーなら、この結婚は地雷だとわかるはず。しかもスキャンダルなんて一番避けたいものだろう。たまにあえて苦手な仕事にぶつけて痛みを伴う成長を促しているようにも見えるが、こういうタイプの危険はきちんと回避している印象だった。
「金でも積まれたか?いや、あの人駆け出しの頃から練牙さんについてるっぽいし金程度じゃ動かなそう……」
ネカフェの安い椅子に背を預けると、ぎぎぎ、という息絶えそうな音。鍵付き完全個室でコスパもかなりいいから、仮眠や調べ物をするのに重宝しているのだが、いつ来ても人がまばらだ。そこも気に入っているポイントではあるけれど、バイトはすぐ変わるし全員やる気なさそうだし、マンガは一昔前のものしかないしでここ大丈夫かな、と使うたびに思う。ただそれで数年経っているので、まあ大丈夫なのだろう。
「……しょーがない。直接確かめるか」
安楽椅子探偵気取りは終了。必要な情報を全てスマホに送って椅子から腰を上げ、部屋から出た。
◇
「あ、こっちでーす」
駅前で手を振ると、こちらに気づいたように走ってくる。
「やーお忙しいところすみません」
「いえ!こちらこそありがとうございます!叢雲さんには一度お会いしたかったんですよ!」
「えー、どんな噂言われてんだろ」
「いやーそんなそんな!西園さんからプライベートで仲良くしてもらっていると伺っていて…!」
あの人もしかしてどこでもオレの話してる?まさかね。
「いやまさか、練牙さんにはいつもお世話になりっぱなしで、オレの方が助けられちゃってます」
カタギではあるけれど、あの練牙さんをあそこまでのし上げた人物。頭のゆるい人間ではないだろうし、今後の練牙さんとの関係も考慮すると絶対に怪しまれないよう、かついい印象を持ってもらうように振る舞う必要がある。
今日はいつものゆるい大学生モードな私服じゃなく、かといって硬すぎない格好で。ソフトジャケットを羽織って、シゴトのダサメガネとは全く違う、ウェリントンの小洒落たやつを胸ポケットにさして。靴は前礼光さんに報酬代わりに金出してもらったオーダーメイドの革。足元が締まると服全体の見栄えもしゃんとするし、何よりパーティーに入り込むタイプのシゴトでもすごく使いやすい。手入れはちょっと面倒だけど、かなり重宝してる。
「立ち話もなんですし、店行きましょ。」
「そうですね!早速!」
ノリの良さはさすが芸能界。ありがたいね。
◇
今日セッティングした場所は個室居酒屋。昼は大盛り無料、ご飯味噌汁おかわり無料の定食が破格の値段で食べられ、夜は刺身はもちろん、うまい和食に合わせて通好みの酒を出してくれる非常に素晴らしい店だ。
こんな生業だから個室居酒屋の弾がどんどん増えていく。個室居酒屋のプロと呼んでほしい。
酒もいくらか入って場が緩んだところで本題に。
「そうだ、練牙さんご結婚おめでとうございます」
「…はい!」
今までシャキシャキと答えていたのに突然の間。一瞬だけだったけど、オレが見逃すはずないよね。
「いやー突然で驚きました。なんていうか、こういう言い方は変かもですけどそういうイメージなかったんで」
「そう、…なんですよね〜」
ぐい、とジョッキのレモンサワーを飲み干す。いい飲みっぷり。
「同じので?」
「お願いします」
最近はタブレット注文に配膳ロボが主流だから、話しづらいことを話すのには余計丁度いい。ここのロボは店の看板と同じタヌキ型だった。
「あれ?あんまり納得してない感じです?」
「…うーん」
「いやいや、そのリアクションだいぶ答えですって」
「いやー…うーん…」
「オレ誰にも話しませんよ。…練牙さんにも」
守秘義務がオレのシゴトくらい大切な業界だし、表に出せないことは大いにあるだろう。
でも、それを出させるのがオレのシゴト。まあ今日は全然私用なんだけど。
「…叢雲さん」
「はい」
「叢雲さんは、西園練牙が好きですか」
「はい」
これは本当だ。少なくともどうでもいいやつのために調べ物したり、わざわざツテを辿ってマネージャーにアポとったり場をセッティングしたりしない。休みの日は普通に休みたいし。
オレは、あの人が笑顔になるなら結構なんでもやってしまう。なんでこうなっちゃったのかなとはたまに思うけれど。
「僕は、西園練牙はもっともっと皆に知られるべきだと思うんです」
「そうですね」
「でも…こういう知られ方は、違うというか…あの人が、自分で掴んだものじゃないというか…」
は?自分で掴んだものじゃない?
「え、結婚って練牙さんが決めたんじゃないんですか?」
「当人はそう言ってるんですけどね…」
まあ言うだろうな…と冷酒を舐める。うま。
「そもそもお相手の方とはそこまで親交があったとは思えないんですよ。バラエティ番組で二、三度共演はありましたけど、絡みはあまり…いやほとんどありませんでしたし」
「確か動物番組で大きな猫見てちょっと話してたくらいですよね」
「ああ、叢雲さん本当によく見ていただいて…マネージャー冥利に尽きます。そうなんですよ、思いつくのがそのくらいで。ですからいきなり話が出た時耳を疑いました」
話がどんどん怪しくなっていく。マネージャーの知らないところで結婚の話が勝手に進んでいた?高校生の色恋じゃあるまいし、相手方だって同じ芸能人なのだからそういうのはまずいと思うはずだけど。
「でも西園さんが決めてきたことではあるので尊重したいなと思ったんです。それに、結婚式って皆笑ってて楽しそうだしいいよな、って笑っていて」
「…練牙さんて式挙げたんですか?本人から聞いた感じなんかほぼほぼ事実婚ぽいんですけど」
いいえ、と項垂れて首を振るマネージャー。酔っていないようだが、今回の件で相当堪えていると見える。そりゃそうだよね、手塩にかけて育てて日の目を見た大切なタレントが突然掻っ攫われたみたいになってさ。
「多分それもあってかわからないんですが、最近落ち込んでいるようで。相手とは元々売り込みの方向性が違うので現場やプライベートでも会えないとかで」
結婚詐欺なんじゃないですか?と口まで出かかる。まあそういうタイプのシゴトを振られることもあるけど、オレならもっと上手くやれると思う。仮にそうだとして、少なくとも周りの人間に怪しまれた時点でご破産だと思うけど。
「西園さんは責任感が強い方ですから、『オレがよくなかったんだ』とおっしゃるんですが、多分そんなことないと思うんですよ」
「オレも思います」
本当に犬が悪い時も往々にしてあるが、今回に関しては完全に被害者だろう。
「ただ、一度ああやって皆さんにご報告した手前、即別れてもらうわけにもいきませんし…」
「スキャンダルとか大変ですもんね」
「こんなことはマネージャーとしていうべきではないと思うんですが、…結婚する前の方が、西園さんは輝いていたと思います」
全くもって同感だ。気が合う人間との酒はうまい。話している内容は全然美味くないけど、それがあるだけでも、いい飲みだ。
「オレ明日暇なんで付き合いますよ。練牙さんのこと話しましょ」
知りたい情報は抜き終わったからもうお開きにしても良かったけど、今日は飲みたい気分になったから。
結局二時間予定だった飲みは終電直前まで続いた。
◇
調べたことやマネージャーの証言をまとめて然るべき場所に送る。これだけできっと相手はオレが何を求めているかわかるはず。
「さーてと」
相手を社会的に殺すのは容易だ。スキャンダルが服着て歩いてるようなヤツなんだから、どの方面からでも刺せるだろう。だけど。
「(練牙さんはそういうことを望まない)」
それに結婚相手のスキャンダルは当然、彼にも飛び火することが目に見えている。最終的にはそれを利用するとして…と思案をめぐらせていたところにもう返事がきた。
『委細了解。こちらはいつでもいい。』
話が早いねー、さすが。助かりますのスタンプ。
『ただタイミングを誤ると諸共火だるまになるだろう。何か策が?』
『まだ何も。』
『馬鹿は相手の件について知っているのか』
いいえ、なーんにも。Noのスタンプを送ると頭を抱えたシカのスタンプが返ってきた。
『奇跡的だ』
ほんとそれスタンプ。いらない奇跡まで持ってくるのはカンベンしてほしい。
『そっちはタイミングとか全部任せます。』

