・九番目が拾ってきたレンとなかよくなる話
先のことは考えないものとする
いつも通りのつまらない授業といつも通りのつまらないクラスメイトとのお遊びといつも通りの給食を終えて貂が小石を蹴りながら通学路を歩いてアパートに帰ったところ。
「おかえり、貂。今日はどうだった?」
いつも通りニコニコした九番目が貂を迎えた。
「別に、なんもなかったよ」
「平和だったんだ。いいことだよ」
「つまんなかったけどね」
言いながら畳敷きの部屋に向かい、ランドセルを置こうとしたところ。
「貂、麦茶とオレンジジュースどっちにする?」
穏やかな九番目の言葉が頭を滑っていった。飲み物より何より、そんなことよりもっとおかしいことが今目の前で広がっている。
「ねえ」
「暑かったし麦茶にしようか。そうそう、夏みかん貰ったんだった。剥いてハチミツでもかけて食べよう」
「ちょっと」
九番目はいつも通り自分に構ってニコニコしているが、そんな場合ではないだろう。
「これ」
「はい、麦茶」
貂は不服そうにグラスをひったくり一気に飲み干す。
「……っ、ねえ」
「あまり大きな声を出しちゃだめだよ。寝ちゃってるから」
九番目と貂の目線の先には、
「くぅ……」
ボロを着た赤い髪の子どもが、座布団に丸くなって眠っていた。
◇
シゴト帰りに赤レンガの近くを歩いていた所を見つけたらしい。
「見つけたからって拾ってくる必要あった?」
「ないよ」
「は……っ。何考えてんの?人間なんだけど。犬猫とは違うんだよ」
思い切り大きな声を上げそうになり慌てて抑える。子どもは寝返りを打ったもののすよすよと眠ったまま。
「そうだね。夜が明けたら、死んでしまっていそうだったからかな」
「……」
未熟な自分と違い、番付きの二曲輪の見立てに間違いはない。きっと九番目がこうして拾って来なければ、本当にこのストリートの子どもは死んでいただろう。
「ご飯、とかは」
「薄めのお粥一気に食べてむせてたけど、おなかが温まって落ち着いたのかな。それでそのままころん、って」
「毒飲ませたみたいな言い方やめてよ」
九番目はくすくす笑っているが何がおかしいのか。貂はよく分からない苛立ちを覚えた。九番目と話していると、すぐそうなる。
「そうだ、はい」
「何、……」
九番目から手書きのメモを受け取ると、
・ゼリー飲料 柑橘系じゃないもの
・サラダ用の野菜
「……。…………」
「今日はそうめんにするから、おつかいよろしく」
恨みがましく見上げるものの貂が文句をこぼしたところで代わってくれる訳もない。カレーを作る台所が貂の背では心許ないのもあるし、何よりこれは貂が九番目に渡されたシゴトだから。
「行ってきます」
「好きなお菓子買ってきていいからね」
いらないよ、ガキじゃあるまいし。貂はまた不機嫌になって買い物袋をひったくり外に出た。
◇
貂が買い物から帰ると、赤い髪の子どもは居心地悪そうに部屋の角に三角座りしていた。そりゃあそうだろう。
「……、あ、あの」
とりあえず学校で使ってる顔を見せることにした。
「起きたんだ。体、もう平気?」
「あ……う、うん。その……」
「気にしないで。オレもあの人も、キミが心配でさ」
ぎゅうと強ばっていた体がすこし和らぐ。
「うん……あの、ごめんな」
「何が?」
「その……オレ、汚いから」
確かに肘も膝もガサガサで、髪もぺたりとしており風呂に入っていないだろう特有の臭いはするが、
「大丈夫」
嫌とか怖い、なんていう感情は廃棄するように調整されている貂にはさほど気になるものではなかった。
すこし、近づく。子どもは怯えたように下がろうとするが、角にいたせいでそれ以上行く場所はない。目を泳がせ逸らして、どうにかやり過ごそうという意志が全身から伝わってくる。
「あ、えと、ダメ」
「なにが?」
「キレイなのに、汚れちゃうから。オレ、ほんとに」
「いいって。それに、」
音も立てず、あっという間に距離を詰める。畳の音がした。まだまだだなと反省。
「……綺麗だね。その目も、髪も、ぜんぶ」
確かこんな感じで近所の未亡人転がしてたよなーと後ろで夕飯の支度をしている九番目のトレースを試す。
「うぇ……?」
「うん。綺麗」
「あ、あぇ、そ、そんにゃ」
「噛んじゃった?可愛い」
先ほどとは違う理由で子どもはアタフタと逃げようとするが、もちろん逃がす訳もない。
「ね、名前は?呼び名でもいいよ」
「え、えと……名前はない。けど、……ガラクタ拾いのレン、て呼ばれてる」
「レンっていうんだ。いい名前だね」
「う、うぅ〜〜っ!」
「こら。あんまり困らせちゃダメだよ、貂」
貂の後ろから九番目が柔らかく声をかける。振り向いた隙に赤い髪の子どもーーレンはするんと隙間を抜け出して九番目の足元に隠れた。顔を真っ赤にしているところを見るに褒められ慣れてないんだろうな、と貂は分析する。
「貂。ご飯できたから、運ぶの手伝って」
「はーい」
◇
