息の仕方

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 淫魔という種族がいる。ご存知だろうか。
 あ、そうそう。えっちな事いっぱいしてるやつ。いやまあド偏見もいいとこなんだけど、実際人間との性行為でメシ食わせて貰ってるからあんまり強く否定できない。
 時は2055年。科学技術の発展は目覚ましく、神も悪魔も天使も超能力も宇宙人もアンドロイドも幽霊も妖怪も、とにかくひとでないモノはその不思議や夢や神秘や幻想を、理論と理屈と仕組みと法則で詳らかにされた。

 でもそれらは別にいなくなった訳じゃない。住む場所が変わって、人間から見えづらくなっただけ。要は里から追い出されて山に戻った野生動物みたいなもん。
 信仰が割と生死を問う一部の神や悪魔なんかは大分辛そうだけど、それだけだ。辛いけど生きている、生きていく。人間だってそうなんじゃない?
 人間が文明、文化を進化させて生き方を変えたように、人間と共にあったオレたちもまた生き方を変えざるを得なかった。だって昔ながらの淫魔の生き方を現代で素直に行えば九割九分不同意わいせつでパクられるし、吸血鬼やワーウルフであれば誘拐や傷害、場合によっては殺人未遂まで行くだろう。ただ三大欲求に従って食事をしているだけなのにね。
 人間だって動物や植物を食べているのに、自分達と何がちがうんだ、という抗議は一昔前にエクソシストであったり勇気ある者であったりに力づくで全てかき消され、彼らの職もまた役目を失った。
 まあ結果として、彼らの行いは覿面に効いていて、人間と科学技術が治めるこの時代、ファンタジーやオカルトと呼ばれる存在はすこし、息がしづらい。

 じゃあそんな息苦しい時代に淫魔がどうやって生きているかといえば、実はあんまり変わってない。つまり、相変わらず大変原始的に人間との性行為で飯食わせて貰ってる。
 まあ当たり前だよね、いくら文明文化が変わっても生きるのに必要な栄養分は変わらないし、草食動物が肉食動物に変わることはない。もしかするとそれこそ科学技術様の発展で、数百年とか数千年後には必要なくなるかもしれないけど、それって本当に淫魔って呼ばれる存在なのかな。エロいことしない淫魔って何、ってならない?でもそれはそれで逆説的に淫魔の存在意義はエロって認めることになるから、なんともはや。
 ま、数百年後の事なんて今生きてる淫魔には関係ない。未来のひとたちのみぞ知る。

 さて、さっき淫魔のやってる事なんて不同意わいせつと言ったのに結局ヤッてんじゃねえか、どういうことだと罵られそうだけど、ほら、人の三大欲求には性欲の二文字が古代から現在まで変わらず燦然と輝いているからさ。コレがある限りオレたちが食いっぱぐれることはないってこと。
 それはたとえ子作りするのに行為が必要とされなくなろうが、子どもの元たる精子と卵子、それを育むゆりかごさえあれば人間が増やせるようになろうが変わらない。人は生きるために食べ、眠り、性行為をする。そうデザインされているんだから、オレたちはそれにあやかってるだけ。

 そういう訳で、淫魔のオレは今日も変わらず、特に感慨もなく人間を抱いていた。
 淫魔っていつもセックスしてるけど抱きまくりの絶倫?って疑問が人間から湧きそうだから答えるけど、正直性行為がーーより正確を期すなら性行為から発生する精気だけどーーオレたちの食事のメインだから、必要な栄養を取れる回数をこなせる程度には、としか答えようがない。人間だって食事する度に疲弊してたら生きてけないでしょ、それと同じ。
 まあそれによる快楽は有難く受け取ってるけど。
「君みたいな素敵な人に会えるなんて、今日のオレってラッキーだったかも。じゃ、またね」
 そんな歯の浮く言葉を囁き相手を魅了で昏倒させ、本日の晩メシ、終了。サイドツールにメシ代置いて、スマホから必要なデータ抜いて、シャワー浴びて服着て、
「ごちそーさまでしたー」
 メシを用意してくれた方に御礼。わあ、幸せそうな顔。よかったねー。
 ホテルから出て裏通りにするり入るとシゴト用端末に着信。マジでどこ見てんだよという悪態は飲み込んで通話オン。
「……お疲れ様でーす。そっちの読み通り、あの女××××××の下部組織の幹部と繋がってましたよ。お望みのリストは送ってあるんで。…はいはい。……またどーぞ、ご贔屓に。」
 電源を落とし、形が分からなくなるまで踏み壊してポイ捨て。環境保全家が見たら失神しちゃうかも。まあ今や環境というものは人間様が概ねコントロールされるところのものだし、それこそ「おとぎ話」の存在になりつつある。
 もちろんおとぎ話にならなかった存在もある。たとえばマフィアとか、鉄砲玉とか、スパイとか、忍者とか。表社会がある限り裏社会も当然ある。光が強くなればなるほど影が、闇が濃くなるように、一昔前より裏通りの治安は見えないところで悪化の一途を辿ってるってわけ。人間がより良く生きるために発展したのに、人死にや苦しみは結局絶えない。なんとも皮肉な話だね。
 ちなみに人間じゃないオレたちはその辺を考慮されないので、今日も裏通りで人間様の為に駒として働かされてる。
 え?悲しい?でも、そもそも現実にいると思われてない、存在しない、生きてることを認識すらされないモノに、人情なんてかけられるわけなくない?
 人権ってやつは読んで字のごとく人の為にあるのであって、人でないモノ、特に人間を害さないと生きていけない人外(オレたち)には適用されないししづらいと思うんだけど、人間的にはそこんとこどうなんだろうね。

 そういう訳で今日も仮の住まいであり腰掛け場所である寮にご帰還。三段ベッドの一番上に登ってカーテンクローズ。
「あー…」
 服を脱いで体をぐ、と伸ばすとしまい込んでいた尻尾が開放される。淫魔はイメージ通り、コウモリの羽根に羊や山羊の角(ここは個体差)、悪魔の尻尾が外見の特徴ではあるけど、現代に於いてはどれも生活に全く寄与しないガチの飾りなのでしまっているヤツが多い。雰囲気出すためとかコスプレ趣味のヤツに見せてやることもあるけど、人間のベッドって羽根は潰れるし角で首凝るしでなんなら食事の時にもいいことがない。一応有翼種や魔族用の寝具は存在しているけれど裏でしか買えないし、当然法外な値段を吹っかけられる。ならしまっておいた方がコストは軽いってわけ。
「でもま、」
 死ぬまでに一度でいいから、異種族用のベッドで羽根も尻尾も伸ばして、角付き種族用のでっかい枕に頭押し付けて寝たいかな。
そんな到底叶わないだろう夢をふと過ぎらせて、オレはいつも通り横向きで丸くなって、布団に潜り込んだ。