とこしえの必要性

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昼下がりの八つ裂きタイガー。大学を自主休講した添はベッドの上で自由を満喫し、オフの練牙は自分が載った雑誌を読んで反省や良かったことをノートに書き記していた。
「練牙さん、こないだ公開された映画見ました?」
「見たぞ!可愛い生き物が精いっぱい生きてて、凄く勇気が湧いたな……!」
添はベッドに寝そべりながらペチャットの整理をしながら声を投げかけると、練牙は机から目をパっと上げ添の方へ向き太陽のような笑顔を向けた。添は笑顔でそれを躱しながらそーですねーと同意を発音し、ベッドから乗り出す。
「あれ、途中で魚食べるとこあったじゃないですか」
「旨そうだったよな!しっかり味が染みてそうでさ」
大学の学部仲間に引っ張られて見に行ったがそんなグルメ作品のような雰囲気では全くなかったと思う。誘ってきた女達泣いちゃってケアが面倒だったのだが、本当に同じ映画を見たんだろうか。添は訝しみながらも話を続ける。
「えーと。アレの話で自分が同じ立場ならどうする?みたいなの流行ってて。
ーー練牙さんなら、どうします?魚」
「どう、って?」
練牙が小首を傾げて添を見上げる。
「片方が死の淵にいて、自分がそれを助けられる。けど、助ける方法は相手をそんな目に合わせたやつの身内です」
「……???」
添はベッドから降りて頭にハテナを浮かべ始めた練牙の頭をヨシヨシ撫でる。
「大切なひとを死にそうな目に合わせたやつの身内を殺せば、大切なひとは助かるんです。練牙さんなら、どうしますか」
「こ、ころ」
「もっとシンプルな言い方しますね。大切な人を助けるのに、練牙さんは誰かを殺せますか」
もしかして本当にうまい魚の煮付を食って蘇ったと思っていたんだろうか。いや普通に「そういう」描写だったはず。やはり違う映画を見ていたのかもしれない、ネタバレごめんねーと心にもないことを頭に浮かべては掃いて捨て目の前で困惑の中グルグルしている練牙を愉しそうに見やる。
「え……そんな……そ、そうだ!他に方法とか、」
「ありません。そして大切な人は今にも死にそうです」
どうしますか?添は頭から手を離して練牙の頬を両手で挟む。
「むぇ、むゃ、むゅ」
「どうしましょうねえ、練牙さん」
「むぇー……」
眉を下げて目線をウロウロさせる。
「……むゃ、みょえむゃ」
「ああすみません、喋れませんね」
「むぁ!……他に方法ない、っていうか、探せないんだよな」
「ええ」
練牙は心底辛そうな、悲しそうな顔をして言葉を搾り出す。添は嬉しそうにその話を聞く。
「オレは、……大切な人を、助けたい、から。本当に、……申し訳ないけど、多分」
「うんうん」
「それに、その、……殺しちゃうのはオレだから、きっと捕まるのはオレだけ、だよな?そいつは……食べただけで、何もしてないから。悪いのはオレだけだから……」
「……ふーん。練牙さんは優しいですねー」
添のフォローするような言葉に練牙は眉を下げたまま首を傾げる。
「え?でも殺しちゃうんだぞ……」
「そう言うまでに、すごくすごく悩んで、今だって辛そうにしてるじゃないですか」
オレと違ってね、とは口に出さなかった。添はサッサと処分すればいいのになーと思っていたので、『フツウの人達』がどういう結論を、どういう経緯で出すのかが割れる今回の話は割と興味深く聞いていた。趣味が悪いのは、否定しない。
「じゃあもう一つ聞かせてください。今度はそんなに辛くないですよ」
「うん……」
「今度は死にかけていた方の話です。無事助かって目を開けると、たすけてくれた相手が良かった良かったと喜んでくれています。そして自分が助かった理由を教えて貰いました」
「……ん」
「そしてどうやら、その殺した相手から奪ったものを使うと不老不死になるようです」
「ふろーらしす」
「わー、肌キレイになりそうですねー。そういうわけで練牙さんは歳を取らない、死なない体になりました。わーい」
「や、やったー……?」
「ところで、助けてくれた相手はそれを使ってません。そしてそれはまだ残ってます」
「えっと……オレはずっと死ななくて、お相手の方は」
「普通に老いて死にます」
練牙は意味を理解し目を見開く。添は薄く微笑む。
「さて、どうしましょ練牙さん」

練牙はじっくり、ゆっくりと考えてから口を開いた。
「このままだと、オレだけが死なないんだよな」
「はい」
「……じゃあ、そのままでいいかな」
少し寂しげに目を伏せ、そう結論を出した。
「お相手さんはきっと、オレ以外にも仲良い方がたくさんいる。なのに、オレだけのためにフローフシになって、して。他の人たちとお別れさせるなんて、よくないだろ」
添は少し口元を下げた。
「……へえ。ふーん」
「な、なんだ添。なんか怖むゃー!」
「いえ、別に。練牙さんはそうしたいんですもんね、あ、これ別に特に間違いとかないんで、それが練牙さんの考え方ならいいと思いますしそもそも練牙さんが出した結論にオレが何か口挟むなんてあるわけないじゃないですかいやーそうなんだそうなんだ練牙さんはそういう考え方なんですねー参考になるなー」
いつもと同じ笑顔に早口を乗せて、添は練牙の頬をつまんで引っ張りもて遊ぶ。
「むぇ!むぇー!!」
「あ、オレの考えいってませんでしたね、すみません。
最初の方はですね、殺します。死のリミット迫ってんのに悩んでられませんからね。練牙さんとお揃いですねー嬉しいかもー」
頬を引っ張られたままの練牙は返事ができない。そのまま添は次の質問に向かう。
「二問目はですね。オレは相手に使います。一緒に不老不死にします」
「むぁ」
「だって、本当なら運命に身を任せてそのまま死ぬはずだったオレを身勝手に不老不死にしておいて、自分は普通のまま老衰で退場しようなんて都合良すぎません?オレはそういうの許せないんで、相手に有無を言わさず使います」
「ぷぇ!……そう、なのか」
「そもそも死にかけてる方は生きたい、死にたくない、なんて言ってませんから。人を勝手に不老不死にしたんだから、オレにだって勝手に不老不死にしてやる権利はあるはずですよ」
「なんか……添はすごくちゃんと考えてるんだな」
「練牙さんだって、相手の事をいっぱい考えてるじゃないですか。結果がオレと違うだけ」
「でもオレ、自分の事しか考えてねえ……」
「……そんなことないと思いますけどね。大切な人が死にかけてたら、普通どうにかしたいと思うものですよ。練牙さん、優しいし」
「そう、かな」
「ええ」
実際そうだと添は思っていた。練牙の選んだ行動原理は、全て『大切な誰かのため』だ。自分はどうしたって任務が脳裏に過ぎる。たとえ練牙と同じ選択をしているとしても、その思考は死という失敗を回避しようとしているに過ぎない。
「(本当に、お優しいことで)」
自分とはまるで考え方が違うことは分かっていたが、ここまでとは。添は改めて練牙との思考回路の差異を確認して、映画でどのキャラクターがよかったか、ポップコーンを買おうとしたらすごく並んでしまった、などなど当たり障りのない会話に戻した。

ーー大雨の中。どこかの路地裏。室外機に雨が当たる音が煩く響く真夜中は午前二時。
目の前で脇腹から血をドクドク流し続けている練牙を目に、添は映画の話をしたことを何故か思い出した。このままでは死ぬ出血量だなあ、病院とか間に合わなさそー、と冷静に判断する。もう飲みに行ったり、部屋でくだらない話したりもできなくなるんだ、という普段なら沸いてもこない感傷とやら添の心をジリジリと焦がしている。
「てんぐ」
思わぬ声が雨の中をかき分けて添の耳に届く。声のする方向には鮮やかな紫の外ハネ髪の下に、紫と赤の二色を輝かせる肉まん屋店主が傘もささずに立っていた。
「何してんの、子タろ」
「散歩じゃ!雨の中で踊ったり歌ったりしとった!」
「よく捕まんなかったね」
「おお?そこにいるのはレンチではないか。生命反応が薄くてわからんかったぞ」
添は覗き込んでくる子タろからさりげなく隠す。奇妙なヤツだが表の人間であることは確か。積極的に人が脇腹ぶち抜かれてるところなんて見せない方がいい。
「一体どうした?」
「……ちょっと、色々あって」
「ほうか。……ちょっと待て」
「はあ」
そう言うと子タろはゆったりしたズボンのポケットをゴソゴソと探る。
「確かこっちのポケットに……お!あったぞ〜!これじゃ!」
子タろは懐からほかほかの肉まんを取り出した。どうやってしまってたんだよ、とツッコミを入れる気も起きず、添はその肉まんをぼんやり眺める。
「コレをひとくち食べれば、レンチは生き返る。怪我も何も全部治るぞ!」
なんだかつい最近、魚料理として聞いた話だ。添は半目で子タろに疑問を投げかける。
「それってもしかしてさ、ついでに死ななくなったりしない?」
「おお、さすがてんぐは勘がいいの。なんでも地球には肉を食らったら死を克服できるとかいうおとぎ話があると聞いてな、それを参考にして作ってみたというわけ。……どうする?これ食えばレンチは生き返るぞ」
「生き返るって」
「てんぐはレンチに死んで欲しくなかろ?」
その純粋な知的好奇心から出たあまりに鋭くピュアな質問に、表情が一瞬崩れそうになる。
「……、嬉しくはないよ」
「なら食わせればいい。こんな話をしている間にレンチの命はどんどんなくなってくぞ」
添は子タろが差し出す肉まんをひったくるようにして奪い取る。
「ねえ子タろ」
「なんじゃてんぐ」
手に取った肉まんは未だ暖かく、ホカホカと湯気が上がっている。雨に冷えていく添や練牙の体とはまるで正反対だ。
「これってさ、オレが食べても不老不死になれたりする?」
「もちろん!ん?なんじゃ、てんぐも不老不死になりたいのか?」
「ま、そんなとこ」
添はおもむろに肉まんを一口食べて、飲み込んだ。毒や薬は入っていないことを確認。味も普通の肉まん。うまい。安全を確認して添もう一口食らいつき、よく噛み、ひゅうひゅうと苦しそうに息をしている練牙の口を軽くあけ、
「ん」
「わお」
そのまま口移しで、練牙に食べさせた。口を離して、こくん、と飲み込んだのを確認し、添は目を細める。
軽くボディチェックをしたものの、体に何か起こった様子はない。光ったり、電池式になった様子も感じられない。
「てんぐは、レンチのために不老不死になったのか?」
「別に。……ほら、たったひとりでずーっと生きてくの、この人無理そうでしょ」
それに、あのいけ好かない飼い主や他の友だち、知り合いが全員死んだら、この犬は同じ境遇の、自分だけのものになる。それはきっと、自分を少なからずゆかいにさせる。
「こんなお人好しをひとりにするなんて、安心して死ねないし」
「ほぉー。ふーむ」
「何」
いや?子タろはニンマリと笑って
「てんぐもーー」

「………………」
ここ最近で一番の目覚めだった。添は寝汗でぐしゃぐしゃになっていたTシャツを脱ぎ捨て手元のタオルで乱暴に身体を拭き、寝静まっているふたりといっぴきを起こさないよう音を立てずにはしごを降りて足早に風呂場へと向かった。
「あーーーーー、最ッ悪」
栓をひねって冷たいシャワーを頭から被る。夏とはいえさすがにうっすら寒さを感じるが、今はその方が有難い。
「(なんで犬が死にかけてる夢なんか見ないといけないんだよ、気分悪)」
しかも明らかに他人に害されての死だ。見慣れた人間が腹から血を流して死にそうな様子なんて、基本的にも応用的にも見たいものではない。
「(あー)」
しかも人魚の煮付けにあたるものを出してきたのが子タろというのも添の気を沈めていた。確かに笑いが止まらなくなる怪しげな食べ物をはじめとした妙な発明はしているものの、まさかシゴトと無関係な人間があんな場所にいるのを夢に見るとは。
「(ここの人間をどっかで信頼してるとか?笑える)」
添は笑うことなくシャワーを浴び終わり、そのまま脱衣所へ向かって体を拭き着替える。
『てんぐも』
その後に続いた言葉は、覚えていない。覚えていたとしてもそれはきっと、添を愉快にするものではなかっただろう。次こそはまともな夢を、否夢など見ないで穏やかに眠らせろ、と自分の頭に言い聞かせながら未だ重い足取りで添は寝床へ向かった。