ハニートラップは何故よく効くのか。何故引っかかってしまうのか。
引っ掛ける側の腕があるというのは勿論だけど、これは結構簡単な話。
ーーー人間ってやつは、自分にやさしく好意を持って接してくる存在をそうそう無下にはできないから。
それに尽きる。
◇
人読みってのがある。対人ゲームで耳にした事がある人も多いかもね。
相手をじっくり観察して、思考や行動、動きのクセを熟知し、ほぼそいつにだけ通る読みを通す。交流がよくあるプレイヤー同士の対戦なんかだとよく見られる。
オレの場合、単発のシゴトよりも長期の潜入なんかでは呼吸のように使うスキルだ。それによって疑いを晴らしたり、自由に動き回り、時には思うままに相手を動かす。
そういう意味では、同室におわす「友だち」はとても都合が良かった。都合が良すぎてたまに手綱を振り切られることもあるけど、まあ許容範囲。
だから、あの日酔った流れでホテルに連れ込んで抱いたのもその手綱をより強固なものにするための方策、手段だった。
別に月の下で頬を染めて眉を下げた情けない顔で目を潤ませている酔っ払って前後不覚な犬に僅かばかり残っている情緒とやらをかき乱されたなんてことは一切ないし、そのままホテルに連れ込んで一夜を共にしたのに酒のせいで綺麗さっぱり忘れてやがったことに全然苛立ってもいない。
でもせっかくコストを払ったのにリターンがないのは癪だから、ホテルに再度ぶち込んで二度とオレとの繋がりを忘れないようにひぅひぅ鳴かせてやった。
「おれはてんとなかよしセックスしました」と何度も繰り返させて、
「だいすきなてんとなかよしセックスさせてください」
とM字開脚でなかよしセックス要求、いわばハメ乞いをさせたのも、オレとの関係・行為を二度と忘れないようにという躾だし、自分が主導権を握るための手段でしかない。
は?過程と手段が全部おかしい?いやそんなの別に良くない?結果が全てでしょ。
◇
「むぅ…てん……すきら…」
だから、ダブルベッドのシーツに沈んでマヌケ顔を晒してお可愛い寝言をむにゃむにゃしている犬に、感慨なんか持ってない。その辺で引っかけた女やシゴトのターゲットを抱いた時と同じ。
いつも通り深く眠っているのを確かめてから、ベッドからそっと離れて煙草に火をつける。
「あ〜。要らない事したかも」
結論から言うと、今日は別に犬をホテルに連れ込む必要は、まあ、なかったと言える。
例えばシゴトでターゲットの信頼が離れているからカラダで繋ぎ止めるだとか、さらに依存させるために性的快楽というアメを与えるだとかが必要になることも勿論あるけど、このチョロすぎる犬に関しては特に必要ないもの。恋愛ゲームで表すとしたら親愛度は間違いなくカンスト、しかもしょっちゅう上限突破してるタイプだし。
ただ、今日も今日とてこの見事酔いつぶれた綺麗な男を引きずって寮に連れて帰るのがちょっと面倒で、これでもモデルだから深夜料金のタクシー使って変に絡まれたりそれこそ妙なウワサになったらコトでと考えた結果、じゃあ朝までテキトーに時間潰すか、ベッドもあるしホテルでと相成ったわけで。
何が言いたいかっていうと、ホテルを選んだのは非常に論理的で偏りなどどこにもない、フラットな判断だったってことがよく分かるでしょ、って話。
「嘘つけ、偏りすぎだっつーの……」
今日は軽く飲んで寮へ連れて帰ってやる、といういつも通りの「いい友だち」として振る舞えば、言うなればデイリーをこなせばクリアだったはずだ。何故こんな事になっているのか。オレは自問する。
前提として、二曲輪は感情を持たない。そのように生きなければ死ぬから。友だちを騙すのが嫌だとか、人を殺したくないとかそういう子どもじみた感傷は既に摩耗している。
普段大学の飲み友やHAMAツアーズの面々の前で見せているものは「叢雲添:就活中の二十一歳」として作り上げた行動・言動をなぞったもの。
研修土産に犬のぬいぐるみを買っていったのも「学生は『友だち』に土産を買う」というごく自然と思われそうな行動をチョイスしただけだし、GWの予定を空けておいたのも、海に行ったのも、あわや火事寸前だった焼き芋を手伝ったのも、渡して貰ったカイロ使ってんのも、「あの」脱出ゲームのイベントの時の動きだって「友だち」として何ら間違っていない。
「いや〜、いくら『仲のいい友だち』でもセックスはしないって…」
犬が気づいているか定かではないけど(まあ知らないだろ)、それは世の中では一般的にセフレ、セックスフレンドといわれる関係性だ。ただ、それに幾ばくかの親密度と執着を足すと晴れて恋人同士になる。ソースはオレ。
シゴトの性質上、オレは関わっている他人やそのコミュニティに執着は持たない。モットーは付かず離れず、のらりくらり。いつ何時離れたとしても追われることはない、数週間後には声も顔もあやふやになるような、それでいていつの間にか当たり前のようにいる、空に浮かぶ雲のような付き合いを。
のらりくらりし過ぎて女にビンタされることもあるけど、終わりよければ全て良し。数分の罵倒とビンタ程度で関係を切れるんだからその方がコスパも良い。
オレにとって人間関係ってヤツは、事前に組んだプログラムをトレースして見知った反応を生ませるだけ、という再現性の高い、もっとつっこんで言うなら、意外性、驚き、面白みといった概念からは遠いものだった。
「なんでこうなったんだろーね…」
犬と違ってオレは酒なんかでほとんど酔わないし、故にそれが元で判断を誤ることもない。つまり今のこの結果は今まで下してきた明確で明瞭な判断の積み重ねだ。
自分の責任、とも言う。
「えー……いやいやいや。そんなわけ…」
そう呟くものの、己の中の冷徹な部分は全てお前がやったことの結果だ、と判断している。
つまり「この行動はシゴトの遂行に益がある=正しい」と自分の中で結論づけられていたということ。
身体を重ねて躾を行ったこともそうだ。いくらいや抱くつもりはなかった、場に流されて、犬ももの欲しげなツラしてたし、と否定を試みようがそれは殺したはずの感情が産んだお気持ち、ようは言い訳でしかなく、論理的には「最近飲みの後は酔いつぶれた犬とホテルに行ってセックスしている」という現状をまんじりとして受け入れるほかない。
「ん…」
もそり、と動くシーツを見、結局ほとんど口を付けなかった煙草をもみ消してベッドへ座り、いつもよりしっとりとした綺麗な髪に指を通す。
「んぅー…」
「無防備だね」
頬をつついてもむぇ、と鳴き声を上げるだけで起きる様子はない。
「…ほんと、天使みたいな寝顔」
薄く笑みをつくり、よく手入れされた滑らかで柔らかな頬に指を滑らせて、
「練牙さーん」
餅のようにぐいとひっぱって伸ばすと、情けない声がホテルの部屋にあった静寂を破った。
◇

