天の岩戸

Lie×Ren

「ただいま……あれ、礼光この時間珍しいな」
「……お前か」
撮影が早く終わり寮へ戻ってきた練牙は、珍しく昼間にソファで寛いでいる礼光に声をかけた。礼光はその声に目を向ける。
「どうしたんだ?仕事終わったのか」
「ああ。オレがいなくても問題なさそうだったからな、早めに上がらせて貰った」
「すごいな……」
「てめえも今日は早上がりだろう。いい仕事をしてきたんじゃないのか」
「そうなんだよ!今日の撮影すげえうまくいってさ……!」
キラキラとした目で話す練牙に、礼光は柔らかな視線を向け静かに頷く。
「うわぁ、懐かしい写真ばっか……あれ?そういえばお前、いつメガネ取ったんだっけ」
高校の頃はかけてたよな、とアルバムをスワイプしながら練牙は礼光を見上げる。
メガネを外したのは本格的に鹿茸一家の仕事をし始めてからだ。荒事が多いのでリスクは避けたいと思い、卒業後はほぼかけなくなった……という所が実際のところだが、カタギである練牙にそれを正直に伝えるわけにもいかない。礼光は数秒頭を巡らし、
「……はぁ。そんなことも覚えてねえのか。大した記憶力だな」
煽って誤魔化すことにした。案の定練牙は眉を瞬時に鋭角に吊り上げる。
「な!悪かったな覚えてなくて!どうせロクな頭してねえよ!」
練牙はタブレットを乱暴に押し付けて席を立つ。そこまで怒ると思っていなかった礼光は一瞬反応が遅れた。
「おい」
「え、えーと……そ、そうだ!やること思い出したから部屋、戻る!付いてくんなよ!」
そのまま練牙は階段を登って行ってしまった。
「いや誤魔化すにしてももう少しありませんでした?練牙さん、アレ本当に怒ってますよ」
「……いつからいた」
明らかにタイミングを見計らって気配を表した添を睨みつけるが、添はへらっと笑い受け流す。
「礼光さんが練牙さんと楽しそうに昔のアルバム見てた所からですねー」
「最初からか、趣味が良いことだな」
「あはは、お褒めの言葉をどーも。で?どうするんです」
「どうするだと」
添は先ほどまで練牙が座っていた場所に腰を下ろし、笑みにほんの僅かなうんざりを混ぜて階段上に目をやる。
「いやまあ別にね、オレが今から部屋戻って練牙さんの愚痴聞いて機嫌治してあげてもいーんですよ?でも礼光さんって練牙さんとお付き合いしてるんですよね?オレがいくのはちょっと差し出がましいかなーって。
それにー、練牙さんにちゃんと向き合うって言ってましたよねー」
「チッ……」
礼光は髪をかき上げ思い切り舌打ちする。確かにそのようにしたいところだが。
「……いつも、時間に任せていたからな」
「え、えー……忘れるまで……?
「ああ」
「謝りもせず……?」
「そうだ」
「そりゃあ練牙さんだってああいうつっかかり方しますよ」
添は隠しもせず呆れの表情を向ける。人心掌握を得意とする添にとって、相手に己への悪感情を抱かせたまま無為に時を待つなど信じ難い悪手だと考えているからだ。
「どうせ自分のシゴトの話しないようにメガネ外した理由考えるのめんどくさがっただけでしょ。とりあえず謝ってきたらどうですか」
「叢雲」
「お断りでーす。どう考えてもアンタと練牙さんの間だけの問題じゃないですか。ていうかKOBEの時もオレに押し付けましたよね?ストレートに言いますけどその位自分でどうにかしなよ。付き合ってるんでしょ?」
ぐうの音も出ない。礼光は頭を抱える。
「……どうすればいい」
「……」
添は綺麗な笑顔で掌を出す。礼光は眉に谷を作ってスパンと叩く。
「てめぇとあいつの飲み代、都合三回分」
「うぇーいあざーす。そうですねー。メガネの件に関してはまあ、ウソの中に本当をちょっとだけ混ぜてみたらどーです?騙したくない気持ちはわかりますけど、オレ達みたいなヤツが『普通』の人達とナカヨク付き合っていくためには、『嘘も方便』ってやつをうまーく、上手に使いこなさなきゃいけないんだって、礼光さんも十分、知ってるはずですよ。
あとは、誠心誠意、心を込めて、目をしっかり見て、自分が悪かったって謝る。あ、礼光さん顔怖いから、自分が思ってるより大袈裟に申し訳なさそうな顔したほうがいいですよ。練牙さん見た通りにしか受け取らない……なんて、釈迦に説法でしたね。
ね?たったこれだけですよ。輩の腕折るより簡単でしょ?」
にっこり笑いかけてくる添にそれが出来ていればこんなところで手をこまねいてねえ、と吠えたくなったしおそらく腕をへし折るほうが簡単だとすら思えてしまったが、アドバイスの内容自体は何も間違っていない。礼光が今まで練牙に対してやったことがないという大きな問題点さえ除けば、最高のアドバイスだろう。
「……参考にする」
「頑張ってくださ〜い。あ、飲み代忘れないで下さいね〜」
明らかに楽しんでいる添の声を背に、足取り重く礼光は二階へ向かった。

八つ裂きタイガーの扉の前に立ち、礼光はゆっくり息を吸って、吐いた。
「(謝るだけだ。命(タマ)を取られる訳でなし、何を怖気付いている)」
礼光は自分に言い聞かせ、意を決し扉をノックする。
「おい」
「な、なんで来るんだよっ!」
扉越しに聞こえるくぐもった怒鳴る声に礼光は眉を跳ね上げる。
「……泣いてるのか」
「泣いてねえ!」
「泣いてるんだな」
「うるせえ!礼光に関係ねえだろ!あっちいけ!」
全てを聞き届ける前に礼光は部屋のドアを開けた。
「ヴ〜……」
礼光が寅部屋に足を踏み入れるとしゅうまいがせいろベッドから飛び出し、練牙のベッドにたち塞がりうなり声をあげた。誰が練牙をこのような目に合わせたのか即座に理解したのだろう。礼光は腰を落としてしゅうまいと向き合う。
「しゅうまい」
「わ゛ぅ〜……」
「確かに俺がそいつを泣かせた。事実だ」
「泣いてねえ!」
礼光は無理のある抗議を無視して、大切な友だちを守らんとする真っ白でふかふかの番犬に話しかける。
「だから、謝りに来た。お前の大切な友だちを傷つけて申し訳ない。……俺に直接、練牙に謝らせてほしい」
「………わぅ」
しゅうまいは渋々というような顔で練牙のベッド前から離れ、そのままドアの外へと向かう。そして出ていく直前にくるりと振り返り、
「わふ!わふわふ!!」
「ああ。お前の友だちをこれ以上傷つけたりはしない。約束だ」
しゅうまいはそれでいいのだと言わんばかりに頷いて、チャッチャッと爪音を鳴らし階段を降りていった。

「くるなっていったのに……」
ベッドで布団にくるまっている練牙は恨み骨髄という声で部屋の侵入者へ抗議を上げた。
「そんな情けない声を聞いてはいそうですかと引っ込めるか」
「なざけなくねえ!」
涙に濡れた声、といえば聞こえはいいが、鼻をすすり必死で涙声を抑えようとししゃくり上げていて、言うなれば失敗して怒られた子どものように引きこもって泣いている。
「ああ、そうだな。俺はお前を傷つけた。このくらいなら言っても問題ねえだろうと、お前をみくびった。お前は何も悪くねえ」
「……」
二人の間に、練牙のしゃくり上げる声だけがある。
次に言葉を作ったのは練牙だった。
「……でも、オレが礼光のメガネ卒業を覚えてたら、こんなことにならなかったんだ」
「違う」
「オレがもっとキバみたいに、『本も」「レン」
礼光は意図的に練牙の言葉を遮った。
「俺はお前を選んだ。キバじゃねえ、お前をだ」
「……」
「この世で、俺の宝贝なのは、お前だけだ」
「……っ」
「さっきは……悪かった。お前を怒らせるつもりなんてなかった。いつもの軽口のつもりで、酷いことを言った」
「……オレにわかんない言葉使ってんじゃねえよ」
「ああ。
ーー俺の大切な、愛しい恋人はレン、この世界でお前ただ一人だ」
「う……」
「レン、顔を見せてくれないか。俺はお前の面をこの目でしかと見て、お前に謝りたい」
あまりに真っ直ぐで飾り気のない、それ故に思いが強く伝わる言葉に、居心地悪そうにもそもそと布団の塊が動く。
「きゅ、急にそんな恥ずかしいこと言うなよぉ……ずるいぞ……」
「恥ずかしい?お前は俺と恋仲なのが恥ずかしいのか。俺はお前と結ばれていて常に幸せだと思ってるが?」
「そ、そういう言い方だよ!そんな、そんな……う、うぅ〜〜〜」
ソレさっさと終わらせてくれません、一生部屋入れないんだけどといわんばかりの添からのわざとらしく刺す気配を礼光は無視した。今は目の前で閉じこもってしまっている可愛い恋人が最優先だ。
「レン。俺は愛しいお前と、また向かい合いたい。……駄目か?」
「……」
布団の塊から、そうっと手が出てくる。練牙と礼光を隔てていた布団が徐々に捲られ、顔を真っ赤に染め上げた太陽は布団から這い出し、そのまま礼光に抱きついた。
「礼光のバカ。意地悪。頭いい。かっこいい」
「それは悪口のつもりか?」
「んなわけねえだろ。……つーかオレだって、礼光のことすっごくすっっっっごく大好きなんだからな!」
「……ああ、知っている」
「それよりずっと!お前が思ってるより、ずっとずーーーっと、んむ」
さらに自分の愛を言い募ろうとした練牙の口を礼光の手が塞ぐ。
「……その言葉は、二人きりの時に聞かせてくれ。我的宝贝」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
その言葉が自分に対する睦言だとわかってしまった練牙は耳まで真っ赤に染め上げ、そのまま顔を礼光の肩にぽすん、と押し付けた。
「ずりゅい……」
「これからもお前に愛を伝え続けるからな、レン」
真っ赤に染まった太陽は、こくん、と頷いて体の力を抜き、愛しい恋人にそのまま体を預けた。