「添、今日ってうしの日なんだよな?土曜じゃないけど……」
「あーそーですねー。うちの寿司屋もうなぎ焼きまくってましたよ」
実際にどうかは知らない。ただ忙しそうにしていることは確かだ。だがそんなことよりも添には今、考えなければならない事があった。
「だ、だからさ……どうだ?」
そう。
目の前の牛柄ビキニを着た犬について。
◇
これがもし牛の着ぐるみなり衣装なりであったりしたならば、
「わーすごーい練牙さんってなんでも似合っちゃうんですねーさすがモデルは違うなー」
だとかの耳障りのいい言語を発してやればいいだけなのだが、布地が極端に少ない牛柄のビキニに牛のカチューシャ、ご丁寧にカウベル付きの首輪に尻尾まで付けているセクシャルに振られた衣服をどうだ、と言われるとさしもの添も若干反応に困る。そもそもどこでそんな服を仕入れて着たのかも疑問だし、何故そんなものを自分の前で披露しているのかも疑問だ。しかもこれがお披露目されているのが最近ふたりで飲みに行ったあと自然と足を運ぶようになったラブホテルではなく、我らが八つ裂きタイガーであるというのも添の疑問を膨らませる。社長が戻ってきたら、主任や他の面子がドアをガチャリと開けたら、どうするつもりなのか。
どうもこうも、添にとって(勿論練牙にとっても)めんどくさい事にしかならないのは火を見るより明らかだ。添は幾つかのリアクションとその反応を仮想する。
一、とりあえず褒める
服が牛ビキニだろうがCopcの新作だろうが下着メーカーとのコラボアンダーウェアだろうが、練牙が見事に着こなしているのは変わらない。服のジャンルが違うからとこちらが眺める温度感を変えるのは服に対する偏見であり、またモデルという仕事に誇りを持っている練牙への侮辱にもなるだろう。添は練牙に対して犬だ馬鹿だと思ってはいるが、その仕事への姿勢までを見くびってはいなかった。
『わーすごい服ですね、でもよく似合ってますよ』
どうだろう、まるで問題なく対処できているようにも見える。この後きっと練牙は笑顔を弾けさせてその奇矯な服を着ている理由を説明してくれるに違いない。
しかし添はその選択肢を却下した。シゴトの上であればその安全な択は優先して選ばれるべきだが、モデルをしているトモダチが安心安全という単語からかなり遠い衣服のような紐を着た感想を求めている時にまで安定を追い求めなくてもいい。
「(たまにはほどほどの及第点以外を狙ってもいいかな)」
もし外した所でも挽回することは容易い。そういうわけで添は第二の選択肢を頭に浮かべる。
二、揶揄う
先ほどとは、真逆のリアクションだ。例えば『えー練牙さんどうしたんですか、そんなえっちな服着て。もしかしてお誘いとか?』など。
確かに練牙は素晴らしいモデルではあるが、だからといって牛柄ビキニはどんなタイミングで見ても奇矯であることに変わりはない。かろうじてラブホテルやそういう撮影場で許されるかどうかという、つまりTPOをかなり選ぶファッションだ。それをわかっていて着ているならば、つまりそういう意図のもと彼はその衣服をチョイスしているということになる。
だがしかし、ここはHAMAハウス内の八つ裂きタイガー。自分たちが寝起きをするいわば半公共のスペース。そういうプレイングを望んでいるならばともかく、常識的に考えて行為を執り行うにはあまりに相応しくない。
そういった意見も含め、練牙に苦言を呈するには少し遠回しに揶揄うのも悪くない択だ。アンタその服でここにいるってことは『そういう』意図として取られても文句言えないよ?と。
しかしこの択も、今の添の好みではなかった。確かに添は練牙と『そういう』関係であるが、練牙はそういった機微に敏感とは決して言えない。この揶揄いを真に受けて今後こういう面白い、もとい添の心を動かすようなことをしなくなっては元に戻してやるのが割と面倒だ。実際以前童貞を殺す服の亜種を着ていたときに揶揄ってやったところ三週間は距離を置かれた。
それより際どい服を何の意識もなく着用している練牙も練牙だが、だからといって彼にようやく芽生えた『そういう』気持ち、つまり欲を添に向けることを躊躇わせては面白くない。面倒と言えば確かに面倒だが、その後に間違いなく待っているだろう更なる面倒を引き起こすのもまた違う。そういうわけで添はこの択も却下した。
ここまでの思考約0.5秒。添が選んだこの場で最も相応しく、かつ自分の気分をも満足させる択は、
「うひゃあ!」
三、無言で押し倒す。添が選んだのは、この選択肢だった。
言葉を繰ってどうにかしようとするなんて日常的にやっていることだ。たまにはこのように行動をもって犬に躾を行うのも悪くない。行為自体は酒を飲んだ後によくやっているが、それはそれ、これはこれだ。
「て、添?!どうしたんだ急に!具合悪くなっちゃったのか?」
それはこっちのセリフである。急に牛柄ビキニを着て目の前に出てくるお前こそ夏の暑さにやられたのかと問いただしたくなったが、添は無言で剥き出しの首筋や肩をぺろりと舐めあげる。しばらくそうしてやると、情けない声が次第に色香を帯び、快楽に抗おうとする震えを添の口元に伝える。
「ひゃうぅ……て、添、そんなダメだぞ、っこ、ここは皆の部屋で……可不可も、しゅうまいだって……」
ならそんな服を着なきゃいいだろ。添は布地の大変少ない牛柄ビキニに辛うじて隠されていた胸元を乱暴につまみ上げる。
「くひぃ!や、やめ、ッ……おれ、なんも出ない、ってぇ……」
出てたまるかよ、なんで服にちゃんと引っ張られてんだ。添は笑顔で練牙の抗議を無視して揉みしだく。牛の乳搾り体験は寡聞にしてまだ未経験だが、このように乳房を揉んでほぐすのも大切なんだろうと思う。まあ牛の乳搾りなんてもう全て機械に差し代わっているだろうし、貴重な体験かもしれない。牛のコスプレの男だけど。
「て、添っ!だめ、だめぇ……」
乳をもみしだく添の腕をペシペシと尻尾が叩いて、何とか己に働かれている狼藉から逃れようとしているが、無駄な努力だ、と、ここまで思考を走らせて添に疑問が湧いた。
「(なんで尻尾がそんな自由に動いてんだよ。そこまで自由度高くなってんの最近のコスって)」
弱々しく叩いている尻尾を掴んでやると悲鳴が上がった。
「ぴゃあ!な、何すんだ添!」
こっちのセリフですけど。そのまま指先で尻尾の先の毛をもて遊ぶと明らかに神経が通っている動きで指から逃げようとしている。まさか、と頭に目をやるとカチューシャだと思っていた耳も同様、ぱたぱたと意思が通った動きをしている。
「んぇぇ……やめ、やだぁ……しょこぴんぴんはじかな、ひゃああ!」
ただ、神経が通っているということは、触ってやれば情けない声が聞けるということ。添はぱたついている薄い牛耳にも舌を這わせて大好きな弱々しい声を堪能する。
「ひぇえ……てん、てんやりゃ、みみもしっぽも、んゃあっ!お、おっぱいもやりゃあ……いじわるやめりょぉ……」
今の練牙はどこを触っても可愛い声をあげてぷるぷる震える子牛のようだった。どうしてこんなことになってるのか、そもそもビキニに対する感想をいう前にもっと言うべきことがあったろ、と疑問や混乱が嵐のように添の脳内を駆け巡るが、それを解消するに至らなかった。
なぜなら。
◇
「……ん、添!起きろ!風邪ひいちまうぞ!添!」
「う……」
誰かが自分を揺さぶっている。うるさいな、起こすなよ。今日は休みなんだから昼寝くらいゆっくりさせてくれとぼんやりした頭のままその手を掴んでそのまま床に押し付けて、
「あれ、練牙さん。何してんです?」
「こ、こっちのセリフだ!せっかく起こしに来たのになんで……!」
自分の下になっている練牙がきゃんきゃんと鳴いているのを確認し、添はようやく自分が無意識で練牙を引き倒したことを認識した。実家の育て方のおかげだ。
「はは、すみません。寝ぼけてたみたいです。練牙さん、起こしてくれてありがとうございます」
「なら早く降りてくれよ!」
「えー、どうしよっかなー」
どんどん眉が下がっていく様はいつ何時見ても健康にいい。添は満足げにそのまま頬に手を伸ばしてなんとなくみょん、みょん、とつまんで伸ばす。
「むえ!むぁ!みぇん!みぇん〜〜!」
「あはは、変な顔」
「むぁ〜〜!!」
眉を八の字にして半泣きになっている練牙の顔を見ると、夢の内容がふと思い浮かぶ。牛耳と尻尾がついて、なぜか布地のほぼない牛柄のビキニとカウベルのついた首輪というエロ極振りの衣装を付けた練牙が美麗な肢体をこれでもかと見せつけてきた夢。
「あそうだ練牙さん、ここ最近で何か牛っぽい仕事とかしました?」
「ぷぁ!う、牛?してねえよそんなの!なんでそんなこと聞くんだ?」
「いや別に。練牙さん牛とか興味ないかなーって」
「牛に興味、っていうか……動物のお仕事ならやってみたいと思ってるけど……あ!」
「なんです?」
「牛ってうのつく食べ物だよな?!」
「あー、まあそうですね」
ここまで聞いて、添は一足早く納得に到達した。
「土曜の牛の日、ってやつ!それで食レポやってさ!お土産にそこのうなぎ弁当もらって……。
そう!それで添呼びにきたんだよ!よかったら食べないか?うまいぞ!」
乗り上げられている練牙は満面の笑みで添を誘った。

