誤差の範囲
ある日のHAMA。
「ShaRonさーん、待ってくださいよー」
「ま、待たねえっ!」
ヒーローが、ヒーローを追いかけていた。
「いつもみたいにちょっとお話してお茶しません? ってお誘いしただけじゃないですか。なんで逃げるんです? 寂しいなー」
「うぐっ……だ、ダメだ! 今日は本当にダメなんだ!」
「ふーん」
イタチは舗道を柔らかく蹴り速度を上げる。
「じゃあこっちから行きますね」
「わ、わ」
純粋な移動速度でイタチに敵うものはトップ層を除いてほぼいない。ShaRonもヒーローとして必要な身体能力は持っているが、身軽さという超能力《スキル》で地力が底上げされているイタチと比較すれば、やはり彼の方に軍配が上がる。
「ま、待て!」
「待ちません」
程なくイタチはShaRonの前に立ち塞がった。
「やーっと追いついた。ShaRonさん結構足速いですよねー、オレの次くらいに」
「〜〜〜っこ、この、いじわる! わからず屋ぁ!」
「あはは、お褒めいただき恐悦至極。……で? なんでオレから逃げたのか教えてもらっても?」
細めた目にひんやりとしたものを感じたShaRonはまた逃げようと身体を翻すも、
「どこ行くんです」
目の前にはイタチがいる。
「あ……う、えと」
「ねえ、ShaRonさん。オレはアンタと『お話』したいだけなんですよ。なんで逃げちゃうんです? オレのこと嫌いになっちゃった?」
「違、違う! オレは、イタチのことが大好きだ‼︎ でも、でも今は、絶対ダメで、」
「だからそのダメな理由を教えろっつってんの。耳付いてます?」
一歩、さらに距離が詰まる。怯えた表情のShaRonが後退すると、
「ねえ、待ってよ」
「ひぁ」
襟首を捕まれ引き寄せられて、ほぼゼロ距離。潤む二色と冷ややかな藤色が交差させられて、
「や、やだ、あ、」
「綺麗だねShaRonさん。ね、オレShaRonさんのこと、もっともっと……」
「任務中のヒーローへのお触りは禁止ですよー。離れてくださいねー」
『イタチ』は真っ二つに切り裂かれた。
「……っ‼︎」
いくらニセモノとはいえ目の前で真っ二つにされた「友だち」の姿にShaRonは思わず目を逸らす。
「いやあすみませんShaRonさん遅れちゃって。ケガとかないです?」
「う、うん、大丈夫……だ! 来てくれて安心した……!」
真っ二つになった『それ』——”闇”はまた何らかのカタチを作ろうとふたりの足元で蠢いている。
「しっかしタチ悪いですねー、オレ達ヒーローの姿形真似てくるなんて」
「……」
「ShaRonさん? 具合悪そうですけど大」
「——その人から離れてくれます? オレのなんで」
二人目の『イタチ』はナイフで舗道に縫い付けられた。
「やっほーShaRonさん。イタチですよー。囮なんてさせてすみません、オレじゃうまくいかなくて」
ShaRonに笑顔で労いの声をかけた後、『イタチ』に向き直ると三日月形にしなったその薄色はすぐに感情が消える。
「ShaRonさん先行ってていーですよ。オレコイツと『話』つけるんで」
「え……で、でも」
「オレだけで片します。ポイントはShaRonさんに渡しますから」
お願いします、と振り返る笑顔はいつもと同じくシニカル。
「……わかった。でもポイントはがんばったお前のだぞ!」
「はは、ありがとうございます。んじゃ終わったら行くんで、いつもの居酒屋に合流する感じで」
「おう! ……なあ」
「はい」
ShaRonはマスク越しの二色をしっかりとイタチに向ける。
「……オレ、待ってるから。ちゃんと来いよ」
「ええ、勿論」
イタチのその言葉にようやく安堵したのか、ShaRonはその場を離れた。
完全に気配が遠ざかったところで、笑顔を消す。
「お前らあれで真似できてるつもりなんだ。案外ポジティブ思考なんだね、いやー学んだ学んだ」
その言葉に反応したか、切り裂かれ縫い付けられた”闇”達がまたなにかのカタチになろうとする。
「そういう生態なのかもだけどさ、化けるよりも先にやることあるでしょ。
——オレを始末するとか、ね」
イタチはナイフをくるりと回し、
「ああ最期に教えてあげるね。ShaRonさんは二人っきりの時、オレのこと『ダンナ様♡』って呼ぶの。知らなかったでしょ」
”闇”は硬直した。
「信じんなよ」
イタチは半目で形がなくなるまで切り刻み、今度こそ”闇”は消え去った。
「あー……いい仕事した。んじゃ、」
「『——飲みに』行くのはオレだよ」
『イタチ』の首元にナイフがひらめき、
◇
「いたちはあ、きょーもかっこよくってえ……ナイフれずばずばって、すぐきてくりぇて……」
イタチが変身を解いていつもShaRon——練牙と来ている居酒屋に入ると、先客はすでに出来上がってクダを巻いていた。
「あはは。……ちょっと練牙さーん、すごいべろべろじゃないですか。何杯飲んだんです?」
「んー。こりぇをふたちゅ……」
大きめのグラスに入った安居酒屋特有の薄いレモンハイを指さす。
「……疲れてると酔いって回りやすいですよねー。そうだ、ごはんもの頼みません? オレお腹すいちゃって」
「うゆ……たべりゅ……」
「なんか食べたいもんあります?」
「あったかいの……」
イタチ——添は練牙が腕に敷いているタブレットを引っこ抜き、自分の酒とツマミ、練牙の分の飯を頼む。
「そういえば練牙さん、なんでアレ皆ニセモノだってわかったんですか?」
ああは言ったものの、彼らの擬態は比較的精度が高かった。データ分析の得意なヒーローや冷徹な判断が即座に下せるヒーロー以外は情が邪魔してなかなか手を出せないだろうと思っていた。
「ん……らって、アレ、みんにゃてんじゃにゃかった……」
「うん、なんで見破れたかを知りたいんですけど?」
練牙は回るアルコールに何とか勝とうと机から身体をはがし、添の頼んだお冷を飲んでぺちぺちと頬を叩く。
「ん〜……ちがったんら。ぜんぶ」
「全部?」
そう、とお冷を両手で包み込んで、
「みんな、にてたけど。
みんな、オレの知ってゆ添じゃ、なかったんら。いじわりゅだったり……かみのけながかったり、あと、こえちがったり……」
添はついさっき消した”闇”たちの特徴を思い起こしたものの、練牙の言う「ちがった」ところ、特に外見や声には違和感を覚えていなかった。
添は改めて酔っ払ったこの男を見やる。
「(この人案外しっかりモノ見てんだよなー……)」
「むぇ? てんどーしたんら? おしゃけ、のまにゃいのか?」
届いていた濃いめハイボールを手に取ろうとした酔っ払いから救い出し、添はニコリと笑う。
「ああ、すみません練牙さん。ちょっと考え事してて。……改めて乾杯しません?」
「ん! すゆ‼︎」
その満面の笑みに目を細め、添はグラスを握る。
「じゃあ、無事任務が終わったことを祝して」
「しゅくしてえ!」
「「かんぱーい!」」
お冷と酒のグラスを持ち、二人は笑顔で乾杯した。

